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ピエロのおさる

Author:ピエロのおさる
年齢:オヤジ
京都府南丹市に住んでます

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まわりの支え

入院生活の間、会社の幹部はほとんど毎日、業務連絡に来てくれた。
2ヶ月半も社長不在の会社の中で、この先どうなるのかという不安があるはずなのに、社員みんなで会社を守ってくれた。

毎日毎日来てくれた家内。 当時、次女がお腹の中にいた。
長女がまだ三歳、それにお腹の子供...
日常生活だけでも大変なはずなのに、私の病院への往復。
そんな中、毎日来てくれる家内に、辛くあたったこともあった。

退院する前の日に、入院生活をふり返った。

辛かったし、苦しかった。
でも、本当に辛く苦しかったのは、自分じゃなく、まわりで見守り支えてくれていた人ではないか...
退院できるのは、その支えてくれた人たちのおかげだなぁと....
その時、己の真の責任を知った。
責任を全うするように、自分の為に生きよう、それがやがてまわりの人の為にもなるだろう。
人の為と書いて『偽』、だから、自分の為に生きよう。


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入院生活 2

入院してからの初めの二週間は、仕事のことは全く考えられなかった。
しかし、前向きに考えられるようになってからは、仕事の事ばかりを考えるようにした。 入院していても出来ることを、ただただ一つずつ。

しかし、それから常に前向きになったわけではない。 調子のいい日もあれば、悪い日もあった。 
あたりまえのことである。 
これは、病気をしている人だけではない。 
健康な人でも、調子の善し悪しがある。 
だから何も心配することはない。

雨の日に雨を止まそうと思っても、止ませられるはずはない。
雨が降れば傘をさせばいい。 傘を忘れたなら濡れればいい。
雨ばかりじゃない、晴れる日もある。
晴れている間に、次の雨に備えて、傘の準備をすればいい。


入院生活

入院生活は2ヶ月半続いた。
はじめの2週間は、よく耐えたと思うくらいの、自分との闘いであった。

潰瘍性大腸炎とわかり、すぐに絶食が始まった。 肩から心臓近くまで管を入れ、直接栄養を送る。 1日3回の配膳の時間は、地獄だった。 意識もあるし、歩くこともできるから、大変だった。 他の患者さんが食べ残した物を、取って食べようかと思ったことが何度もあった。 しかし、いま思えば、食べ物や物を大切にと思うようになったのも、この経験があったからではないだろうか。

それにステロイドの副作用にも苦しんだ。 人それぞれ副作用の出方は違うが、私は、抑うつ..憂うつ、悲観的、不安感、不眠という副作用であった。 自分が病気になったことを悔やみ、そこから逃げ出したくなったり、挙げ句の果てには、生きていることさえ嫌になったり...そして、一番心配してくれている家内に当たったりしていた。 昨日まで話していた患者さんが亡くなられたり、そんな経験もした。 そのころは、病棟がとても暗く感じられた。 少しでも自分でこの病棟を明るくしてやろう..そう前向きに考えはじめ、風船で花や動物などを作り、看護師さんにお願いし、各部屋においていただいた。 そのことがきっかけで、いろんな方と話をする機会ができた。 お年寄りの苦労話や、その方の病気の話などなど... またこの経験があったからこそ、以前の記事にも書いたが、『自分が元気のない時、人を元気づけよう』という考え方がもてたと思う。

どんな時でも、その時は必死でまわりは見えないかもしれない。 悲観的になったり、不安になったりするのもあたりまえのこと。
決して、自分だけが不幸だと思う必要はない。
少しでも前向きな気持ちをもち、一歩一歩進んでいくと、必ず何かが進んでいる。 私の病気は、完治することがないかもしれない。 でも、一歩一歩進んできたから、何かが進んでいるはずだ。 
焦る必要はない。 ボチボチがいい。

発病

8年前の12月頃から、下痢が続いた。 もともと胃腸が強い方ではないので、調子が悪いのかなぁ...と。 それから、年が明けてから、一日10回くらいトイレに走り、おまけに微熱もあった。 最近疲れているのか、体調が悪いなぁと...。 そして、3月末頃には、トイレに行く回数が一日20回を超え、熱も38.5℃を超えるようになってきた。 その頃、仕事も忙しく、親父の3回忌の準備などもあり、落ち着いたら病院に行こうと思っていた。 4月に入ると、熱は39℃台に... 

いまでも忘れはしない4月6日。 この日は長女の保育所の入所式、前日に、『パパも一緒に行くから』そう約束していた。 しかし、朝目覚めると、意識がもうろうとし、起きあがれない。 長女にはごめんねと言い残し、病院へ行った。

病院で診察を受けると、すぐに入院。 下痢止めと点滴をし、様子を見ることに... 翌日CTを撮ると、大腸が腫れていた。 3日目に大腸ファイバーをすることになった。
大腸の炎症がきつく、カメラも途中までしか入らなかったが、潰瘍性大腸炎であることがわかった。

担当医の先生から病気と治療法の説明を受けた。
その時に先生が話されたことで、いまの私がある。
『自分の病気を知って、理解してください。一緒に治しましょう!』
そう言われ、1冊の本をいただいた。
潰瘍性大腸炎の本

人は病気になった時に、すごく不安になる。 はじめての経験で、先ではどうなるのかと...  不安になってあたりまえ
当時は、病気になったことを悔やみ、一日も早くこの病気から逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。



潰瘍性大腸炎

はじめに
わたしは7年前に、潰瘍性大腸炎(全大腸炎型)になった。
このブログを見ていただいている方の中にも、同じ病気の方がおられます。
自分の経験が、いろんな病気を持たれている方の役に立てればと思い、病気の話を書いていきたいと思います。
しかし、あくまでも、わたしの経験談であるため、いろんな病気を持っておられる方のすべてには当てはまらないと思います。
中には、失礼があろうかとは思いますが、お許しください。


潰瘍性大腸炎とは
潰瘍性大腸炎は大腸の粘膜(最も内側の層)にびらんや潰瘍ができる大腸の炎症性疾患です。特徴的な症状としては、下血を伴うまたは伴わない下痢とよく起こる腹痛です。
原因不明の病気、特定疾患(難病)で、安倍前首相もこの病気になっているということで、有名になりました。
活動期、緩解期とがあり、活動期にはステロイド投与をしたり、絶食したり。
緩解期には、治ったのかなぁ..と思うくらい調子がいい時もあります。
しかし、多くは再燃と緩解を繰り返します。
発病してから10年以上経過した全大腸炎型の患者は、一般の人より大腸がんを合併する確率が60倍とも言われています。

治療法
原則的には薬による内科的治療が行われます。しかし、重症の場合や薬物療法が効かない場合には手術が必要となります。

内科的治療
現在、潰瘍性大腸炎を完治に導く内科的治療はありませんが、腸の炎症を抑える有効な薬物治療は存在します。治療の目的は大腸粘膜の異常な炎症を抑え、症状をコントロールすることです。
内科的治療には主に以下のものがあります。
5-アミノサリチル酸(5-ASA)製剤
副腎皮質ステロイド剤
血球成分除去療法
免疫抑制剤

わたしは入院中に、2ヶ月間の絶食、副腎皮質ステロイド剤の投与、血球成分除去療法をしていただきました。

現在は、5-アミノサリチル酸(5-ASA)製剤(ペンタサ)を1日6錠服用しています。

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